イギリスのアジア美術展に参加して
宇田川宣人
「アジア美術・2000 - 変化の展望」展にイギリスのブライトン大学から招待を受け、開会式などのオープニングプログラムに参加してきた。
この展覧会は、ブライトン市で毎年5月に行われているフェスティバルの今年のイベントの一つで、同大学とアジア美術家連盟の共催により、アジア美術の普及を目的として4月26日から5月23日まで、同大学美術館で開催された。実質的な企画運営はアジア美術家連盟のマレーシア委員会代表のチョン・カンカウ氏(マレーシア国立芸術学院長、元シンガポールラサ大学芸術学部長)と同大学美術館長のマシューズ・コリン氏である。
今日のアジア社会は総じて西欧化、近代化の中で文化や伝統、道徳観などが急速に変化しつつある。この展覧会にはアジアの過去のノスタルジーや価値観で描いている作家ではなく、世界の文化や情報と衝突と融合を繰り返している、今日のアジア社会を反映している作品を選考して行うことになった。実際には中国、香港、日本、韓国、マレーシア、シンガポール、台湾、ベトナムの8カ国・地域27人の美術家が出品することに決まった。
●わがルーツの追究
出品作を主題別に分類すると、第一に挙げられる特徴は、西欧化していく社会の中で、道教や仏教などの古来からの東洋的伝統思想を通して、自分のルーツとアイデンティティーを追究し、葛藤している美術家の作品である。マレーシアのチョン氏や台湾のリュー・シーシ氏、韓国のリュー・ヒーヨン氏などで「竜」などの伝統的シンボルについての継承と今日的意義の追究や、「陰・陽」等の東洋的精神の視角化、水墨とモノクロームなど東洋的色調によるミニマニズム、黄金比例などの西洋絵画様式への挑戦などアジアのさまざまな問題に取り組んでいる。
次の特徴は、今日の科学や経済の発達、また消費文明がもたらす人間性の崩壊をテーマにした作品で、中国のヤン・ゴクシン氏、リー・バンヤオ氏、マレーシアのヌー・ビー氏らが、新種の美しい果物や洗髪の若い女性の描写、経済の崩壊などの表現により近代社会への警鐘を鳴らしている。
三番目の特徴は、アジアの自然や文化の絵画表現の新しい試みである。秋吉資夫氏(二科会会員、福岡市)や光行洋子氏(九産大教授)の自然の抽象化による象徴的表現や、シンガポールのリー・ヒートン氏や私のアジア的「木の文化」の表現がこれに当てはまる。私的課題についての追究であるが、各国・地域のアジア的風土の影響が作品に強く現れていて興味深い。
●気候や社会の影響
次に造形的見地から作品を考察すると、色彩に関してはそれぞれの気候風土の影響により、東南アジアの作品は原色でコントラストが強いし、東アジアは穏やかで抑制された色調の作品が多い。画面構成に関しては、政治や宗教により厳粛を尊ぶ社会の美術家は水平、垂直の構図が多いし、開放的な社会の美術家は対角線を中心に自由な引力のもとで絵画を構成している。造形的特色は主題とは別に、美術家が意識しないまま感性としてストレートに画面に現れてしまう場合が多く、大変興味深い。
それでも、アジアの絵画は色彩にしても構成にしても、どこかヨーロッパ絵画の雰囲気と異なるとよく指摘される。その言葉の裏には、発言者により「情熱のアジア」とか「あか抜けしていない」という善しあしの相反する意味が含まれていると思われるが、今回の出品者の感性が統一感のある良きアジアの香りとしてヨーロッパの人々の印象に残すことができれば、この展覧会の意義は大きい。
●「欧州諸国に巡回」
さて私は4月25日、ロンドンからバスに乗り、一時間半後にドーバー海峡に面した人口20万人の高級リゾート地であるブライトンに着いた。ホテルではチョン氏をはじめ17人の各国委員会のメンバーが集まり、夜遅くまで祝杯を上げた。
26日から3日間、大学におけるオープニングプログラムが始まった。学長は開会式のあいさつの中で、初めてイギリスで開く各国参加の総合的なアジア現代美術展意義について語った。マシューズ館長は、これらの作品を含めてアジア美術を今後、ヨーロッパ諸国にも巡回したい意欲を表していた。
私たちアジアの美術家は27日と28日に学生や一般市民を集めてギャラリートークを行い、アジアの美術や自国の美術界の現状、自分の作品について解説し質疑応答の時間を過ごした。熱のこもった意見交換ができ、アジア美術の普及と国際交流の拡大という当初の目的は果たした。
数日間の短いブライトン滞在であったが、異文化圏であるヨーロッパで、アジアの美術家と行動を共にした時間はこれまでにない貴重な体験となった。アジアの美術家の連帯が一歩前進したことを感じた。
(画家、九州産業大芸術学部長)
(西日本新聞 2001年6月20日 水曜日 文化欄に掲載)